ブログはタイムカプセル

〜フリーランスを夢見る無職実家暮らしアラサー女のしゃべり場〜

私と一緒だ、という共感性を味わわせてもらえるありがたさ

 

大好きな米津先生がまた新たに素敵な楽曲を産み落としてくれました。

 

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最初から歌詞が凄すぎて、聴いて1秒でもう涙ぐんでしまった。

 

「毎日毎日毎日毎日 僕は僕なりに頑張ってきたのに

 毎日毎日毎日毎日 何一つも変わらないものを まだ愛せるだろうか」

 

すごくストレートな言葉並び。

何よりも米津先生もこんなことを思ったりするんだ、ということに涙が出そうになってしまった。

 

ここ数ヶ月、この一年、私の中でずっと渦巻いている感情そのものだった。

毎日ちまちま、コツコツやっていることがあるけれど

これが一体何になるというんだろう?本当に花が咲くのだろうか?

見た目には何も変わってないように見える現実ばっかりなのに。

この頑張っていることが、何も実にならなかったら、その時はその現実を私は受け止められるのだろうか?

 

と考え出したらキリがない、無限ループを長いこと、ずっと考えてしまう。

 

しかし、そんな自分と全く同じものを、あの米津玄師さんも感じている、ということが何よりも自分の心が底から掬い上げられるような気持ちになって堪らなくなった。

自分の中で米津先生を上に見すぎていて、ある種神格化しすぎて、

ましてや私みたいな泥臭い側面なんかあるわけない、みたいにとても失礼なことを勝手に思い込んだりしていた。

 

でも今回リリースされた「毎日」に伴って放たれたインタビュー記事には、曲を生み出すことの苦しさを毎日毎日目を逸らさず取り組んできた米津先生だからこその言葉がたくさん羅列されていた。

 

natalie.mu

 

私米津先生のインタビューの応え方が大好きなんですよね…

話し言葉がまるで歌詞みたいに使う言葉がとても素敵でうっとりしちゃう。

常に言葉と相対している人だからこそ、詩の世界観に触れてるみたいな答えがたくさん載ってて本当に見応えあって大好き。

 

だからこそ、勝手に米津先生=成功している人。たくさんの人に認められている人。

みたいなもので固めすぎてて、自分と同じなわけがない、みたいに思ってしまっていたな、と改めて気付きました。

 

自分から何かを生み出すって、出産に近いものだと思っているので(出産経験ねーくせに分かった口で言う女😂)

それがどれだけ長い道のりで辛くて苦しい痛みが伴うものか。

そしてそれを常に作り続けて世に発信し続けているということがどれほどのことか。

そんなもの、痛みも苦しさを全てちゃんと味わって内包している人だからこそ、成せることだ。と改めて思いました。

 

苦しい日々、また新たに米津先生の「毎日」が加わってくれたおかげで

口ずさめば、束の間でもその場しのぎでも、心が楽になれる瞬間がある。

それが本当にありがたいなぁ…と思わずにはいられませんでした。

 

そして大好きな宮﨑駿監督と同じことをインタビューで言ってて、それを見て勝手にとても嬉しくなってしまった私🥰

「それでも、生きていくしかないんだよ」。

このハードな現代で生きている私たちに、綺麗事ではもう進んでいけないから。

心のど真ん中に届くパワーを秘めた言葉で、大好きな言葉です。

この言葉をお守りに、またヨイショ、と足を踏み込んでなんとか歩いていける。

 

頑張ってるのに何も変わらないもの、何も変わらない日々を、愛せるだろうか。とこの楽曲の中では謳っていますが

今の私は正直そういうものをまるッと愛せるほどの器量も何もあったもんじゃないです。

いつもぶーたれて、文句言いながら、涙と鼻水垂らしながら

ビービー喚き散らしながら毎日生きてます笑

もうやだ〜〜〜〜〜とか言いながら笑

そんなことばっかり😭

 

でもいつか、おばあちゃんになったら、でもいいから

そんな自分も、そんな日々も、結局何もなくても、でも全部愛おしいって思えたら、そういうところにまで到達できたら…なんて。思ったりしました。

 

私と同じ想いを思ってる人がいる、感じてる人がいる。私だけじゃない、と思わせてもらえる。

ましてや米津先生も同じことを思っている、と教えてもらえたおかげで

本当に安心させてもらえた人間が、ここにおります…

米津先生、本当に、いつも素敵な作品を、ありがとう………

 

俺たちのケイニシコリ!復帰戦!おめでとう!🎾🥳

 うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!

 

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うぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!

 

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おめでとう…まじでおめでとう…😭

すげぇ…すげぇよ…本当にカムバックした…圭くん…本当におめでとう…

 

3年ぶりのグランドスラム…赤土のコートに圭くんが立っているだけでも感動だというのに

素晴らしいプレーだったなびっくりしちゃった!

パワー漲ってた!キレもあった!最高のリターン!ドロップショット!

夢みたい〜〜!!!!!涙

本当に初戦突破おめでとう…!!!!!!

 

全仏出場するって聞いてめちゃくちゃ嬉しい気持ちの反面、怪我の調子がどこまで戻ってきているのか正直不安があり

またあの痛々しい状態で試合に出場したりするのだろうか…と危惧していた私の気持ちなんてぶっ飛ぶほどの、

「ずっと見たかったあの頃の圭くん」がそこにいた…

 

はぁ…本当にどんな気持ちで一体どんな想いで…

想像しただけで本当に胸がキュウってなります。

何年もリハビリ↔︎復帰の連続で身体も心もキツかったと思うけれど

やっぱり崖っぷちから這い上がるのがこれぞケイニシコリ…

すげぇ。本当にすげぇ…

 

復帰戦、いきなり初戦でフルセット4時間超えというのが

なんかやっぱり圭くんらしいな、と思ったけれど😆

とにかく一つ、素晴らしい勝ち星を獲得した、ということが何より素晴らしく

その勇姿を見させてもらえて本当に幸せ…嬉しい…はぁ。おめでとう…

 

まずは身体をゆっくり休めて…

次の試合、とにかく本人が納得できるよう、ゲームに臨めますように…!

 

私も次の試合は、唯一持ってる圭くんのユニフォーム着て応援します…

これは松岡修造ばりにこちらも熱くなって応援するべきだわ…

東京オリンピックの時のユニフォーム。唯一記念に買ったやつ着て応援します!💡😁

 

go kei📣🇯🇵🎾🙌!!!!!

 

 

「楽しまないと」に囚われすぎてた

ブログタイトル変えました。

 

「どうしても好きって言いたい星人」→「ブログはタイムカプセル」にこの度生まれ変わりました。

前回の記事で「タイムカプセルのようにブログを書いている」と自分で文章を書いてから、今の自分にとってのブログの位置付けがそっちの方がかなりしっくりきてしまって、「そっちに変えたいな」と思って。

最近自分がすごく変化してきているのを感じます。

今までの自分とさよならしたり、想像だにしていなかった自分が顔を見せたり。

なのでこれからもその都度色々変更したりしてしまうかもしれませんが、自由にやらせて頂こうと思っています。

サブタイトルも今の自分を隠さずどどーんと載せてみました。

「〜フリーランスを夢見る無職実家暮らしアラサー女のしゃべり場〜」です。

 

私、フリーランスになるのが夢なんです。

自分の好きなことで自分を表現してそれでお金を頂いて、生きていきたいんです。

なので仕事を辞める時に「今まで沢山我慢して自分を抑制して生きてきたんだから、これからはもっと楽に楽しくやっていこうよ!」って自分と約束して、日々歩いてきたんですが

「楽しくやろう」が、だんだん「楽しくやらなきゃ」になって

今が楽しくないって感じると、自分が目指しているものと真逆をいっている気持ちで覆い尽くされて、苦しくなってしまうことがあり。

 

私が行きたい世界ってこうじゃなかったのになんで〜!?ってわんわん泣き喚いたこともあるんですけど。

そんな時に、Youtubeさんのおすすめで上がってきた動画がこちら。

 

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サムネの「毎日を楽しいと感じてることが正解ではない」にもう頭抱えてそうだよなぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!って動画クリックする前からもう目が覚める気持ちになった。

 

エルフの荒川ちゃんはネタは見たことがないんですが、トーク番組に出ているのを見て「素敵な子だな〜」って思ったのがきっかけで時々Youtubeチャンネルも覗いたりしてた。

水曜日のカンパネラさんは存在は勿論知っていたけど、歌をちゃんと聴いたことはなくて、どんな子なのかも知らなかった。

 

でも動画内のこの二人のギャルの会話が本当に面白いし、でも人間の真理を突いたことも話しているし、最高だった。

毎日楽しいことしなきゃ、の呪縛に捉えられてた私を一気に解放してくれたのが、詩羽ちゃんのことばだった。

 

「楽しい方がいい、幸せな方がいい、不幸せだとそれより良くないにしてるけど、横にあるだけで上と下じゃないから、不幸せだろうが、楽しくなかろうが、ただそういう時期ってだけで右にいるか左にいるかってだけだから、今はこっちにいるだけ」

 

はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

こんな素晴らしいことを教えてくれる女の子が22歳だっつーんだからさらに驚きだよ…

 

その素敵な考えに到達するまでの経験がさぞやあったんだろうなぁと思うと、本当に年齢なんて関係ないんだなぁと思う。そしてありがたすぎるお言葉にメチャクチャに唸った。最高の言葉すぎた。

言われたら本当にその通りだし、ちゃんと納得できるのに、分かるのに

相変わらず優劣思考とか白黒思考に囚われてる自分に気付く。

その考え持ってたって自分を雁字搦めにするだけだって何度も経験して分かってるはずなのに何度も繰り返す〜〜〜思考のリバウンド繰り返す〜〜〜〜〜厄介だ〜〜〜〜ぐるぐる🌀

 

でもこうやって誰かの言葉でハッとして気付いてニュートラルに戻して…っていうのの繰り返しをして良い癖付けを根気強くやっていくしかないのかなって思った。

ずっと白黒思考で自分のこと自分が一番厳しく判定して評価してやってきたし、

その考えで生きてきた今までの長い年数のこと考えると…(遠い目)

またこれからそれだけの年数かけて自分に「そうじゃねぇゾ」って教えてあげるしかないのかなとも思えてきた。

 

でも何が良いってこの可愛い二人のギャルが明るく話してくれるのが良いんだよなぁ。

重くなりすぎずに良い塩梅でお話してくれてありがたいことこの上なし。

そりゃこんな考え持ってる詩羽ちゃんの表現する歌は素敵に決まっているよ、と思った。

 

お守りとして持っておきたい言葉だな、と思った。

楽しい毎日が全てじゃない。そうだよ。それでいいよ。

すごく今の自分にとって、しっくりくる、とても心が安心できる言葉でした。

これでもかと傷付いて、気付いて、手から放れていったもの

昨日、父と言葉のぶつかり稽古をしました。

つまり、口喧嘩です。

 

めちゃくちゃ些細で、どうでもいいことです。お昼ご飯の私の食べ方が気に食わなかったらしく、突如烈火の如く怒鳴り散らしてきて

しまいには「いやらしい」と捨て台詞を吐き捨てて立ち去ろうとしたので

その言葉だけはどうしても聞き逃すことができず、引き止めてその真意を問いただしました。

結局言いたいことが全く分からず、防戦一方。

そしてこの機会にと、お互いの日々思っていたことを噴出し合い、喧嘩し合いました。

私の身体は、恐怖と怒りで、ブルブル震えていました。

 

その中で、私が言った「私のお家なのに私は自由に過ごすことも許してもらえないの?」という発言に対して

「文句があるなら自分で稼いで一人暮らしをしてから言え」という言葉があまりにも痛すぎました。

そんなことは分かっている。何より自立したいと思っているのは私なのだから。

そしてそんなことができたら私はとっくにしている。

でもそれがやりたくてもできないから困って、困り果てている訳で

一人暮らしができるだけの分働こうとすると、身体と心が追いつかなくなるし

労働力の分、どうしたって身体と心が破綻してしまうから

みんなみたいにやろうとすると、私はうまくできないから

いろんな形を試して、やっぱり難しかったから。

私は私なりに無理のない形でお金を得る形を探すしかないと思った。

だから日々、自分にとっての「これだったんだ」を見つけたくて自分に無理のない形を模索し続けてそれがいつ出てくるかなんて全く分からない宝探しゲームでもするように、でもどうしても見つけたくて奮起しているわけで

今。毎日。

私の人生にとって一番目指している場所が、自立なんです。

その目標のために何が良いのか分からないまま、とにかくやるしかない、という気持ちでやっています。

 

でもそんなことを父は知らない。私の想いやその気持ちなんて、実情なんて知らないのはしょうがない。でも知らないからしょうがないで片付けられるほど、私はそんなに優しくない。寛容じゃない。

そしてそれはあまりに痛すぎて、そして本当に悔しい言葉だった。本当に悔しかった。全てが悔しくて情けなかった。

結局私は何を言っても今は親の脛を齧って生活させてもらっていて、おんぶに抱っこで、そんなの申し訳ないしみっともなくて悲しくて、でもそうでないと生きていけないから、

直視したくないと日々目を背けていた「役に立たない自分」という印籠でも真正面から突きつけられて

心臓にナイフでもブッ刺されたような気持ちになってしまった。

きっと私の人生史上、一番心が深く抉れてしまった瞬間だった。

 

結局「和解」と言えるようなことはできなかった。

 

時間が経って、怒りが落ち着き、次第に悲しみが一気に押し寄せてきて

実の父親に「いやらしい」って言われた私…、と思ったら

それがあまりにも悲しくて、悔しくて、やるせなくて、たまらなくなった。

 

現実から目を背けたくて、気分転換に録画しておいたアニメを見たけれど

そこには主人公の父親が、血のつながらない息子に愛を伝えている場面が映し出されていて

「いいな、こんなお父さん」と知らない間に呟いていて

それを引き金に馬鹿みたいに泣けてしまった。

 

時間が経ってお夕飯の時、母が作ってくれたご飯があまりにも美味しくてまた泣けた。

涙と鼻水をダラダラこぼしながら、なんとか食べた。

父が怒るときはいつもご飯時が多くて、美味しいご飯がいつも美味しくなくなってしまうな、と思ったら、さらに切なくなった。

結局その日のお昼だって、言い合いをした後、恐怖で胃が縮んでしまってもうご馳走様でしたをするしかなくなってしまった。

 

気を緩めると、父の激昂して血走った目が脳裏に浮かんでくる。

すごい眼差しを娘に向けるのだな、と思った。

そして、私も父に対して「親はこうあるべき」みたいな固定概念をあまりにも固執して持ち続けすぎていたのかもしれない、とも思った。

私はきっと、平伏させたかった。あの時、言いくるめようとしていた。無意識のうちに。

あなたは間違っている。だから、正したい。是正させたい。

私は父を、コントロールしようとしていた。

 

だから、あ、そうか、もう、コントロールしようとしなくて良いんだ、と気付いた。

無理に相手を動かそうとしたり、納得させよう、とか修正させようって思わなくて良いんだ。

もうそんな必要ないんだ。と思った。

どう思っていいし、どう思われたって、それでいい。

私は父にもう干渉しないでいい。それがいい。きっと。そうだ。そうしよう。それでいいんじゃん。と思った。

 

私の中でずっと父との関係をなんとかしようと思っていた。

修復のような、何か。そうでないと、私はきっとこのままでは結局父が私にしてきたことと同じことを、父にしているような気がしてしまって、そんなことはいけない!と思っていた。

 

でも、もうコントロールしようとしなくていい、干渉しなくていい、そう思えたら、何だかふわ〜っとして、気が抜けていった。

ずっとぎゅうっと握りしめていた風船の紐を手放した気分みたいな感じ。

それでいいんだよ。そう思えて、寝た。

 

だけど、今朝方トイレで目が覚めて、それから布団に戻ったらやっぱり腹立たしさが抑えきれなくなってしまって、脳内でぐるぐると考えが巡りすぎて結局朝5時に目が覚めてから怒りで眠れなくなってしまった…

 

そう簡単にいかないよな〜と思いつつ、まだ全然消化も追いついていないけれど、そのままの気持ちでブログを書いています。

 

こういう父とのみっともないやり取りを載せる時いつも思うのは

同じように何かお父様と並々ならぬ想いや関係性を持たれてる方がこの記事を見てしまった時に、嫌な気分を思い起こさせてしまったらどうしよう、ということなのですが

今回は、どうしても大好きで大切なこの場所だからこそ、敢えて残しておきたくて、記事にしました。

 

いつか未来の私がこの記事を読んだ時にどう思うか、

タイムカプセルみたいな感じで形に残しておきたい、確認がしたい、というような想いがあるからです。そういうことができるから、ブログが、やっぱり好きです。

 

今までも過去の自分にブログを通して救われた経験があるので、自分のために、残しておきます。

 

皆さんは、自分の両親とどんな関係性を構築されていらっしゃるのでしょうか?

 

私の父は「じゃあ俺たちってなんだよ、家族ってなんだよ?」と昨日も私に言ってきたのですが

そんなこと、考えたこともないんです私は。

意味とか、定義とか、そんな宇宙の摂理を考えるようなところに私の中で「家族」は位置付けてないんです。

ただ笑って元気で生きててくれれば、それで十分なのに。その想いは一緒のはずなのに、なんでこうなっちゃうんだろう。不思議な繋がりだなぁって思います。家族って。

 

私がこんなに傷付いているのだから、父も相当傷付いていると思います。分からないけど…

急に傷を付けられて、それがあまりにびっくりして、痛すぎて、泣くことしかできなかったけど

この傷を付けられたからこそ気付けたこと、手放せたことがあるなと思うと

教えてくれて、勉強させてくれて、ありがとう、の気持ちもあります。

傷付けてもらわなきゃ、そして私も父を傷付けないと、こんなこと、知れなかった、きっと。と思いました。

 

昨日父から吐き捨てられた言葉によって私の傷口はまだグジュグジュで固まってないんですが

これがいつか瘡蓋になって、少し跡が残る程度になって、いつかは見えなくなったりするのか、今のところは、全くわかりません。

 

小さい頃からずっと考えていたことで

「父がこの世を旅立った時、私はその時一体どんな感情になるのだろう」ということがあります。

どう思うのかなんて、今更考えたって分からないし、いいんですが

その時の自分がどう感じるかで、自分のそれまでの歩みや、なんと言ったらいいか、分からないですけど…でも振り返りが計られるタイミングでもあるのかな、とも思っています。

 

こんな読んでいて胸糞しか悪くならない記事をここまで目を通してくださり、本当に、ありがとうございました。

ブログを書くことで、落ち着けました。昇華できました。

本当にブログさん、いつもありがとう。